徒然草

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宇宙警察官 コバーン(3)

「………ん、ん」
 私が目を覚ましたのはベッドの上でした。部屋と呼ぶにはあまりに殺風景で、カーテンに閉ざされた窓の他にはベッドくらいしかない部屋に私は一人で寝ていたようです。
 あれ? 私は、近所の雑木林でバケモノに襲われたはず。それにこんな部屋は知らないわ………?
 ボンヤリとする意識の中、私は必死に状況を把握しようとします。でも、私が記憶を辿り終えるより先に部屋のドアが開き、一人の男の人が入室してきました。男の人を見て、最初に私が思ったのは体つきのことでした。一八五センチくらいの長身に、ガッシリとした体格。年齢は二〇代半ばといった所だから、「大学時代はラグビーでもやってたんですか?」とよく聞かれたりするんだろうなぁ。そんな大きな体を、動きやすそうだけど飾り気の少ない紺色の服で包んでいます。襟元の長方形の形をしたバッジが唯一の飾りです。
どちらかというと濃い部類に入る眉毛はたるみなくまっすぐで、内面の意志の強さを感じさせます。ただ、イケメンとするには少々くどい顔とも言えるかな?
「大丈夫ですか。気分が悪いとか、どこか具合の悪い所はありませんか?」
 男の人はベッドから上半身を起き上がらせている私を見て話しかけてきました。年下の私相手にも丁寧な口調で質問しています。意識してそう振舞っている節は見えませんでした。おそらく彼はどんな時も、誰にでも丁寧な物腰で応対しているのでしょう。だけど年上の男の人に、こうも丁寧に応対されると、気恥ずかしさすら感じました。少なくとも私は、そう感じました。
「あ、はい。大丈夫です………けど」
「けど?」
「あの、ここは一体どこですか………?」
 不安げな私の口調に対し、彼はまったく自然にこう答えました。
「ここは宇宙警察太陽系駐在所です」
「うちゅうけいさつ? たいようけいちゅうざいしょ?」
 私はまだはっきりとしない頭を振り、そして言いました。
「あの、冗談はやめてください。宇宙警察なんて、漫画じゃあるまいし」
「ふむ。ですが、事実なのですからしょうがないでしょう」
 男の人はそう言うとリモコンのスイッチを入れて窓を覆っているカーテンを開けさせました。窓の外に見えるのは理科の教科書や図鑑の写真でなら何度も見たことがある土星でした。土星の輪がはっきりと見えて、惑星を彩る指輪のようでした。
「ど、土星!?」
 私はふらつく足取りも何のその。窓に駆け寄って土星を凝視します。私の混乱は収まるどころか大きくなるばかり。そんな私の心を知ってか知らずか、男の人は自己紹介を始めます。
「自分は宇宙警察のジュンサー・コバーンです。この駐在所に勤務する宇宙警察官です」
 ジュンサー・コバーンと名乗る、体格のいい青年はそう言って「よろしく」と頭を下げました。しかし私はまだ混乱の渦中にあり、頭を下げ返すと言う発想すらできませんでした。
 宇宙警察? 太陽系駐在所? 宇宙警察官?
 仮に彼の言葉から、「宇宙」という単語を省けば話は早くなると思います。「宇宙」を省いた場合は、「自分は警察のジュンサー・コバーンです。この駐在所に勤務する警察官です」となるんだから。うん、実に通りがいい響きです。
「ん? 翻訳機の調子がおかしいのですか? おかしいな、銀河統一規格のはずなのに………」
 コバーンさんは服の襟元のバッジを触りながら、初めて困惑した様子を見せます。どうやら、そのバッジが翻訳機とやらのようです。
「あはは、何だかよくわかりませんけど、随分と手の込んだドッキリカメラですよね」
 ………私はもう笑うしかありませんでした。笑って、目の前の現実から逃避をはかります。ホラ、早く出てきてよ、プラカードを持った人。
 でも私の淡い期待をよそに、この部屋にいるのは私と、コバーンさんの二人のみ。当然ながらコバーンさんも背中にプラカードなんて隠し持っていません。
「ふぅ、やはり一筋縄では納得してくれませんか………」
 コバーンさんは一息だけつくと、丁寧な口調のまま続けます。
「えぇとですね、この銀河に知的生命体が住んでいるのは地球だけじゃないんです。あなた達地球人にわかりやすく説明すると、宇宙人は実在するんです。まずこの前提をわかってもらえますか?」
「は、はぁ………」
「で、私たちはその宇宙人たちの犯罪者を取り締まる宇宙警察官なのです。ここはその宇宙警察官が所属する宇宙警察の太陽系駐在所というわけです」
「は、はぁ………」
 曖昧な私の返事にコバーンさんは少し困った面持ちで額をポリポリと掻いています。そりゃ、漫画とかだったから納得できますけど、いきなり面と向かってそんなこと言われて納得できるはずがないじゃないですか。
「えぇと、何か質問したい事はありますか? お答えしますが?」
 コバーンさんは作戦を変更したようです。私に説明するのではなく、私の疑問に答えていくスタイルに変えたようです。私にとってはその方がありがたいのが事実でした。
「じゃあ、まず一つ………。コバーンさんは宇宙人ってことですか?」
「はい。ポリスマ星の人間型宇宙人です」
「はぁ、そうですか。じゃあ次は、コバーンさん以外にも宇宙人っているんですよね?」
「そうですよ」
「でも、私、宇宙人なんて見たことないし、ニュースでも報道されてませんよ」
 宇宙人が実在するならば、テレビとかが放っておくはずがない。そう思った私はそのことを尋ねてみます。コバーンさんは短く刈りそろえられた髪を掻きながら応えてくれます。
「うーん、その辺はややこしくてねぇ………。まぁ、色々とはしょって説明させていただきますが、今の地球の文明水準で私たちのような宇宙人が自由に往来すると大混乱が起きると銀河連邦は考えているんですよ」
 確かに銀河を自由に往来できるほどの科学力は今の地球にとってはオーバーテクノロジーすぎるだろうなぁ。
「それに地球には惑星単位での統一された政府機関がありませんし、銀河連邦政府としても第三種交流しか許していないんです」
 何だかあちらさんの専門用語が沢山出てきて余計に混乱してきたけど、要するに………。
「えぇと、私が地球に住んでいても宇宙人を見かけないのは、コバーンさんたち宇宙人側が地球に立ち入らないようにしてくれているから、ということですか? 理由は、地球が田舎の惑星だから?」
「まぁ、詳細は省いていますが、そういう認識でいいと思いますよ」
 ふむん。私は地球の中じゃ最先端国家のひとつの日本に住んでいるけど、宇宙人の眼から見たらトンでもないド田舎に住んでいるということかぁ。宇宙規模の最先端ってどんな所なんだろう。私の家の近くみたいに雑木林なんかないんだろうなぁ………。
「雑木林」という単語が頭をよぎった時、私は気を失う前のことを完全に思い出しました。暗闇の中からふいに襲ってきた、あのバケモノのことを。
「あれ? あの、さっき私、タコみたいな怪物を見たような気がしたんですけど………」
「ああ、あれは多脚型宇宙人タコトパス星人なんですけどね。うん、彼は飲酒UFO運転で操作を誤って地球に降り立ってしまったんです。地球に降りるには銀河連邦外務省の厳密な審査が必要だと言うのに、冥王星のバリケードを突破してしまったのです」
 ………冥王星にバリケードなんかあるの?
 ピンポーン
 高めのトーンの音が、コバーンさんの話が終わるのを待っていたかのように鳴り響く。
「誰か来たみたいなので、ちょっと失礼します」
 そう言ってコバーンさんは席を外します。どうやら今の音は呼び鈴のようで………って、ちょっと待って。今の音ってうちの呼び鈴と同じ音なんですけど。やっぱりコレってドッキリじゃないの?
再び膨れ上がる私の疑念。でも、その疑念はあっという間に吹き飛ばされます。
「お? お嬢ちゃんがコバーンの言ってた地球の少女?」
 コバーンさんと入れ替わる形で部屋に入ってきた人が気さくに声をかけてくれます。何だか緊張感に欠ける、緩やかな声でした。声の質から判断すると、どうやら男の人のようです。いや、性別がそもそもあるのでしょうか? コバーンさんと入れ替わりで部屋に入ってきた気さくな人を一言で片付けるなら「ロボット」だったのですから。
 照明の灯りを反射する金属の皮膚。わずかな挙動でも響く駆動音。そして顔の中心に一つだけ輝く眼………。ロボットの人(?)は私が寝転ぶベッドの端に腰を降ろして私の顔に目線を向けます。一つ目のカメラアイがかすかな駆動音をたてて動いています。
「タコトパス星人の酔っ払いに襲われちゃったんだって? 災難だったねぇ。ま、犬に噛まれたとでも思ってすぐ忘れてくれるとおじさんたちは嬉しいね。あ、犬に噛まれたら忘れられるはずないか。何てたって痛いもんね」
「は、はぁ。あの、あなたは………?」
「ああ、地球じゃ珍しいんだっけか? 俺はヒューマノイド、いわゆる人間型ロボットのテトっていうんだ。一応、コバーンの上司なの。よろしくね」
 テトと名乗るロボットは私の手を取るとぶんぶんと上下に振りました。本当に気さくな、ロボットとは思えない気さくさをもつ人(?)でした。
「あ、テトさん。ここにいたんですか」
 どうやらテトさんを探していたらしいコバーンさんが再び部屋に現れます。
「ど~したのよ、コバちゃん」
 テトさんは気だるそうに左肩をもみながら返事します。なんだかこの人も、中の人がいるんじゃないかってくらいに怪しい感じがします………。
「さっき逮捕したタコトパス星人、宇宙遊牧民のすぐ傍を通過したらしいんですよ」
 ………宇宙警察の次は宇宙遊牧民かぁ。そんなことを密かに考えている私を横目に二人の宇宙警察官が仕事の話を続けます。
「その際にシジュウが一頭逃げ出して、地球に降下したそうです」
「シジュウが? ったく、あのタコトパス星人め。余計な仕事を増やしてくれちゃってさぁ」
「で、どうしましょうか?」
「そりゃ捕まえるしかないでしょ。地球にシジュウがいたら、生態系が乱されちゃうよ。まぁ、コバちゃんはとりあえずそこのお嬢ちゃんを地球に送ってあげなさい。地球の科学力じゃ太陽系駐在所はおいそれと来れる場所じゃないんだから」
 土星を一望できる場所にある駐在所なんか、NASAでも来れません。

「ほ、本当に宇宙なんですねぇ」
 私を太陽系駐在所から地球に送る移動手段を見た時、私は素っ頓狂な声をあげたものです。だって、それはどう見ても地球の軽自動車だったんですから。
「我々は仕事でよく地球に降り立つ事があるから、地球でも目立たない形にする必要があったんですよ」
 テトさんはそう言って説明してくれましたが、しかし軽自動車が宇宙を走るってのはあまりに非現実的すぎます。というかギャグです。
「迷彩シールドは施してあるから、地球から望遠鏡をいくら覗いても我々は見えやしないけどね」
 軽自動車のハンドルを握るコバーンさんがそう言いました。でもその言葉は私の耳に届きません。私は軽自動車型UFOの助手席(?)で窓の外を流れる星の煌きと、太陽系の惑星を間近に見ることに忙しくってそれどころじゃありませんでしたから。
 もしかして私って土星を間近で見た最初の日本人、いや、地球人なのかも!
 私の胸はロックバンドのドラムのように激しく高鳴っています。今じゃこう感じています。もう、これがドッキリでも全然構わない。こんなに胸が素敵に高鳴るなんて、何年ぶりかしら。こんな気持ちになれたのなら、騙されたとしても嬉しいわ。
「でも、これって本当のことなんですよね………」
 それはよく考えてみれば馬鹿げた質問でした。それでもコバーンさんは丁寧に、だけど少しの茶目っ気を加えて答えてくれました。
「当然です。ええと、地球だとこう言うんでしたっけ? 『頬をつねってみてごらんなさい』って」
「うふふ。ほっぺた、すごく痛いです。痛いのがこんなに嬉しいなんて!」
 嬉しそうに弾む私の声。それは自分でわかるほどでした。
「でも、これだけは約束して欲しい」
 コバーンさんは茶目っ気を消して、真面目な口調で私に告げます。
「君が今日見たこと、体験した事はすべて秘密です。理由は、わかっていますね?」
「喋るはずないわ。いえ、喋っても信じてもらえないわよ」
「ん………」
「ところで………」
 窓の外を眺めながら私はコバーンさんに尋ねます。
「シジュウってどんなのなんです?」
「ん? ああ、宇宙遊牧民が育てている宇宙家畜ですよ。値段の割に味がよく、どんな料理にもあうことから重宝されているんです」
「へぇ、地球で言うと鶏肉みたいなものなのかな?」
「肉のイメージとしては近いかもしれません。でも、生物としては全然違いますね」
「そうなんですか?」
「シジュウは怒りっぽくて、とても凶暴な生き物なんですよ。シジュウを育てる宇宙遊牧民の方々は常に武装しているくらいです」
「ええ!?」
「ああ、でも安心してください。人は食べませんから。ただ、周囲の何かに擬態する能力があって………それだけに、むしろ探すのが厄介かもしれません」
「はぁ………」
「さ、もうすぐ着きますよ」
 いつの間にか目の前には青い惑星が目一杯に見えています。それはもちろん、漆黒の宇宙で太陽の光を浴びて青く輝く私たちの惑星。地球。
「ありがとうございます。………人を襲わないって、じゃあシジュウは何を食べるんです? 草ですか?」
「いえ、石です。石を食べてシジュウは大きく育つんですよ」
 衝撃もなく軽自動車型UFOは地面に着地。そして私のマンションのすぐ近くで停車します。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえ、お礼を言われるようなことでもないのですけどね。何せ君はタコトパス星人の酔っ払いに襲われたのですから」
「でもコバーンさんに助けてもらったのも事実ですよね?」
「ははは。ではおやすみなさい。私はこの辺りを見回ってから戻るとします。何かあったら呼んで下さい。すぐに駆けつけますから」
 軽自動車から私が降り、扉が閉められたのを確認してからコバーンさんはそう言って、私に一〇桁の数字が書かれた紙を手渡してくれました。その紙には「宇宙警察太陽系駐在所電話番号」と書かれていました。
「では、おやすみなさい」
 コバーンさんはそう言うと軽自動車型UFOをゆっくり走らせながら私のマンションの傍から離れて行きます。私は軽自動車が見えなくなるまでずっと立ちながら見守っていました。車内の暖房で暖まった体が冬の寒空で冷えていくごとに、私は夢が醒めていくのを感じました。
 私の体が冷え切って、私がくしゃみを一つした時。私は元の受験生に戻ったのでした。

(続く)
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  1. 2007/10/08(月) 23:11:30|
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