徒然草

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まだ届かない理想と現実 それでも走り出す

小説に限らず、創作物で物語を行うに当って、もっとも大切なモノは何でしょうか?
そんな問いかけから始める今日の徒然草。以下はあくまで私自身だけの考えです。これが絶対だとか一般論だなんて全然思っていませんのであしからず。

どうも昨今は設定を重視する人がプロ・アマ問わずに増えているように思われます。
ガチガチの設定が施された、空前のヒット作である新世紀エヴァンゲリオン以降、設定をしっかりと組んだ(組もうとした)作品がよく目に付きます。エヴァの設定は確かに人の眼を惹きつける魅力はありましたからねぇ。柳の下で2匹目のどじょうを狙うのは当然の行動でしょう。

しかし、私自身は設定をそれほど重視していません。むしろ設定というのは製作者の自己満足にすぎないとすら考えています。
では、私が重視しているのは何なのか。
それは個性です。
私が魅力を感じる作品は、設定に矛盾があったとしても、それを忘れさせるほど眩い魅力を持ったキャラクターを有する作品です。私が特捜戦隊デカレンジャーに傾倒したのはデカレンジャーの登場人物たちの濃ゆい個性があったからです。デカレンの設定はどう見ても穴だらけでしたが、それを感じさせないほどに彼らは魅力的で、私は毎週日曜の朝7時半が楽しみでしょうがありませんでした。

もちろん、設定をないがしろにしろ、だなんていいません。ですが、設定の本来あるべき姿とは登場人物乃至シチュエーションに華を添えるだけの存在ではないでしょうか? いわば刺身のツマという奴です。なくてもいいけど、あった方が絶対にいいです。
結論を言いますと、凝りに凝った設定もいいですが、それ以上に作品自体を輝かせるように努力していかなければならないのではない、といったところでしょうか。

そんなことをふと考えたので、記しておきます。
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  1. 2006/09/06(水) 00:03:55|
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