徒然草

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大火葬戦史 押川列伝01 「正義の墓標<2>

 翌日。
 関守議員殺害事件の調査を引き受けた押川が向かったのは町の外れに建っている和風の木造建築だった。個人経営の古書店としてはそこそこの広さの押川の店が二つ、三つ余裕で入るほど大きな敷地を持つ平屋の建物。それは北多摩に勢力を誇る極道、関東奥羽組の事務所であり、関東奥羽組五代目組長奥羽 賢柳の自宅でもある。
 近づくものを威圧する木目の美しい門に怯むことなく押川は呼び鈴を押す。インターホンの向こうから凄みのある声が何者の来訪かを尋ねる。押川は相手を恐れるでもなく、しかし恐怖心を隠すべく我を押し出すでもなく、あくまで自然体そのものの口調と表情で自分の正体を明かす。
「どうも。押川 恵太です。若頭に会いたいんですが………いますか?」
 押川の名を聞いた瞬間、インターホンの向こうの空気が変わるのがわかった。先ほどまでとは打って変わった、友人を迎える口調でヤクザが続けてくる。
「あ、押川さんでしたか。へい、若頭でしたらいます。ちょっと待ってくだせぇ、若いのに門を開けさせますんで………」
 その言葉から三〇秒も待たず、門が軋みながら開き始める。押川は鼻歌交じりで門をくぐって奥羽組の中へ入る。
 押川が会いたがっていた関東奥羽組若頭の平泉 信樹は日の当たる縁側で本を読んでいた。極道の平泉 信樹が読んでいたのは大藪春彦のようなハードボイルド小説かと思われていたが、押川の書店で購入した文庫サイズの、アニメ調の表紙と挿絵が目に痛々しいライトノベルという奴だった。まるで研ぎ澄まされた日本刀のように鋭い眼光と痩せ型の体の平泉にライトノベルを勧めたのも押川だが、しかしその不釣合いさは違和感を通り越してギャグにまで昇華されている。押川の内心を知ってか知らずか、平泉はよみさしのライトノベルにしおりを挟むと押川に軽く会釈した。
「おはようございます、押川さん」
 平泉は今年で三七歳。関東圏でも屈指の歴史と古臭さを誇るヤクザな関東奥羽組の中でも、輪をかけて義理と人情に厚い男だ。今どき東映のヤクザ映画でしか見かけないようなヤクザ象そのままの平泉と、元海軍少将で古本屋店長の押川。どこで知り合ったのか想像することすら困難な二人だが、ここで二人の出会いを語ることはしない。それはまたの機会とするが、これだけはいえる。平泉と関東奥羽組は押川 恵太に借りがあり、その恩義に報いるために押川の頼みを断れない間柄なのだ。
「本日はどのようなご用件で? 見ての通り、特に予定もないので囲碁でも将棋でも受けて立ちますが………?」
 涼しい声でそう告げる平泉だが、その眼は燃えていた。押川は先週末に平泉を将棋で負かしたことを思い出してクスリと微笑む。沈着冷静に見えて平泉と言う男、これでなかなか負けず嫌いな子供っぽい一面がある。奥羽組組長の次に敬愛する押川が自分の眼を見て微笑んだので平泉も相貌を崩した。
「ふ………今日は店が開いている日のはず。囲碁や将棋の用ではなく、私に用があるんですね?」
「そういうことだ。平泉、少し訊きたい事があるんだ」
「私に、ですか? わかりました。何でもどうぞ」
 押川は「ん………」と頷くと持ってきた新聞を平泉に手渡した。その新聞には関守議員殺害の件を報じていた。平泉は少し意外そうに眉をあげた。
「おや、今北産業の事件ですか。押川さんと関わりない話だと思っていましたが………」
「可愛い娘の頼みじゃ断れないのさ。で、平泉たちなら新聞情報以上のことを知っていると思ってね」
「そう、ですね………」
 平泉は腕を組んで視線をやや上方に向けて考える表情。その表情は何から話せばいいかを悩む表情で、平泉が新聞情報以上を知っていることが伺える。
「ま、押川さんもご存知かもしれませんが、『天誅男』についてイチから説明しましょうか」
「というかそうしないと読者に実情が伝わらないからな。頼む」
「え?」
「いや、ちょっとしたメタフィクションな話だ。続けてくれ、平泉」
「はぁ、わかりました」
 平泉は一度だけ咳をすると、それを合図に話し始めた。
「事の発端は半年前、峰柳会の幹部が殺害されたことにさかのぼれます」
「確か地上げ屋の元締めだった男だったな」
「はい。峰柳会はこの事件をきっかけに悪事が明るみに出たために主要人物が軒並み逮捕され、峰柳会に狙われていた地区の者たちは胸を撫で下ろしたと聞いています」
「ふむ」
「まぁ、峰柳会のやり口は確かに天誅の一つや二つ食らわせたくなるようなひどいやり口でしたが」
 古きよきヤクザである関東奥羽組の方針に誰よりも誇りを抱いているのが平泉 信樹だ。そんな平泉からすれば峰柳会に同情の一辺も持てないのだろう。そして世論も平泉のように、『天誅男』に好意的である。その理由は………
「以降、ほぼ毎月のペースで悪事を働いていた人物が襲撃を受け、殺害されています。警察やマスコミはこの襲撃者を『天誅男』と呼んでいるのはご存知の通りです」
「殺害現場に『天誅』と書かれたカードを置いていくからついた呼び名だったな………安直この上ないネーミングだが、それだけにわかりやすいよな。法に隠れた悪を討つってわけだ」
「ええ。ですが『天誅男』には一つ不思議な所があるのも事実です」
「と、いうと?」
「たとえば峰柳会の一件や今回の関守議員の一件は、元々黒い噂が囁かれている人物でした。それこそ『天誅男』以外に狙われたとしても不思議ではない人たちです」
「まぁ、関守議員の場合は特に毎日のように報道されていたからな、今北産業との癒着問題は」
「はい。ですが、『天誅男』三人目の犠牲者、春実建設の春実社長だけは事情が異なっています」
 平泉があげた天誅男三人目の犠牲者、春実建設社長の春実 隆平。押川はその名前を記憶していた。
「確か春実建設の社長さんは高速道路建設の件で政治家との繋がりがあったはずだぞ。殺された関守議員のように、天誅男に狙われても不思議じゃないんじゃないのか?」
「確かに、『今となっては』春実建設の悪事は表沙汰になっています。ですが、春実 隆平という男、なかなかに用心深い男だったそうで、実際の所、春実建設の暗部は悪意を持つライバル会社ですら噂にもしていませんでした」
「ほう、そうだったのか」
 火のないところに煙は立たないなんていうが、人間の嫉妬心をあまく見てはいけない。嫉妬の炎が根も葉もない噂の煙を立たせることがある。ライバル会社という他社(この場合、春実建設)に対する嫉妬を内燃機関にしてしのぎを削っている立場の者が、想像すらできなかったことを春実建設は行っていた。確かにすぎた悪党であるが………。
「春実 隆平殺害現場に政治家との繋がりを示す証拠がばら撒かれていたからこそ明るみに出た悪事ですからね。マスコミを通じて春実 隆平殺害を知った押川さんのようなカタギの立場では気付けないでしょうね」
「と、なるとおかしな話だな」
 押川が不思議そうに首を捻るのを見て平泉の眼光が一際鋭く光った。
「でしょう? 私も天誅男の正体はつかんでいませんが、しかし天誅男の正体に疑問を抱いています」
「天誅男は並大抵の情報収集能力じゃ仕入れることができないはずの情報を持っている」
 押川の言葉に平泉が首を縦に振った。
「まぁ、我々が独自に仕入れている情報はこれくらいですね」
「ん、そうか。すまなかったな、色々と聞いてしまって」
「いえ………私は組長に押川さんの頼みは絶対に聞き入れるよう言われていますし、組長を抜きにしても押川さんの頼みは断れません」
 平泉の澱みない言葉を聞いた押川は平泉の肩を軽く叩いて感謝を表した。
「ありがとう、平泉。今度、酒でもおごるよ」
「調べ物が早く片付くことを祈っています」
 押川はその言葉に背を向け、円を描くように右手を振ると関東奥羽組を後にした。
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  1. 2008/04/08(火) 23:19:18|
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